「森になる建築」をかたちにする。世界初の挑戦を支えた建設現場

プロジェクト

森になる建築は生分解性樹脂を3Dプリントしてつくる世界最大級の建築です。建築の構造体として初めて使う素材・初めての3Dプリントは、試行錯誤の連続でした。

このプロジェクトを支えたのが、建設現場のみなさんです。建設現場では、3DプリントのプロフェッショナルのBoolean Inc.(株式会社ブーリアン)のみなさんや、鳶職人さん、左官職人さんなどさまざまな方が現場を支えました。

そんな職人さんたちをまとめ、建設現場の指揮役を担った現場監督の竹中工務店技術部の那良さんにお話を伺いました。

「森になる建築」の現場監督を務めた那良さん。Photo:Yoshiro Masuda

那良さんは技術部に所属し、どのように建設を進めていくのかを考える施工のプランニングをする専門家です。技術部では、新しい建設プロジェクトが立ち上がると、その施工計画を立てる役割を担います。並行して複数の現場が動いているため、予期せぬトラブルが発生することも。その際に“駆け込み寺”のような存在になるのが技術部です。仮説を立て、技術的にどうサポートするかを緻密に計算し、対応していきます。

「森になる建築」の設計を担当した山崎さん・大石さんとの出会いは、ある大学のキャンパス計画でした。キャンパス全体を新築の建物でつくりかえるのではなく、コンバージョンや減築などの大規模な改修も組み合わせることで、キャンパスの歴史をつないでいこうというコンセプトでした。山崎さん・大石さんの建築の寿命のあり方を考える姿勢は、「森になる建築」とも通ずるところがあります。「森になる建築」でも、ただ最新技術でかっこいい建築をつくるだけではなく、建築が自然にかえるという考え方に那良さん自身も共感し、意気投合してプロジェクトチームに加わったと言います。

「森になる建築」の技術開発の段階では、技術部として実験に加わり、どう実現していくのか議論を重ねたそうです。初期段階から、酢酸セルロース樹脂を使って3Dプリンターで建築をつくるという方向性は決まっていたため、万博会場の現場で施工することを見据え、使用する3Dプリンター等の機械の選定を進めていきました。

通常、3Dプリントは実験室のような安定した環境で行われますが、今回は風雨にさらされる野外での施工となりました。どうすれば実験室のような条件を現場につくり出せるかが、大きな課題となりました。BooleanさんやS.labさん、竹中技術研究所のみなさんや、万博工事の作業所のみなさんと協議を重ね、施工方法を模索しながら、実行可能な手法をひとつひとつ検討していきました。

例えば、3Dプリンターを万博会場に搬入する段階では、万が一雨が降った場合を想定し、あらかじめテントを組んでおき、3Dプリンターの設置と同時にテントが現場にある状態をつくるといった細やかな段取りも技術部の仕事。ひとつひとつの判断に、現場への深い理解と技術的な裏づけが必要とされます。

現地に設営された巨大なテント。この中で3Dプリントが行われました。Photo:Yoshiro Masuda

その後、那良さんは、いよいよ3Dプリントの施工のため、現場に移りました。

「設計されたものを具現化するのが建設現場の役割です。完成した図面をもとに、さまざまな工法や材料を使いながら、計画されたスケジュールに沿って形にしていきます。」

建設現場としての基本的な進め方は同じでも、今回は新しいことづくしのプロジェクトでした。そもそも建築における3Dプリントは、これまで馴染みのない工法で竹中工務店にとっても初の試みでした。3Dプリントのプロフェッショナルであるブーリアンのみなさんも、建設工事現場での3Dプリントは初めて。

また、3Dプリントに使う素材も「酢酸セルロース樹脂」で、コンクリートや鉄、木材、ガラスといった一般的な建築資材とはまったく異なる、これまで工事現場で扱ったことのない素材。

さらに、法律・制度の面でも「3Dプリントって建設工事に該当しますか?」と言う問いに、行政機関の担当者も答えを持っていないということも。本当に前例のない挑戦でした。

「建設現場の基本的な考え方として、不測の要素はできるだけ排除したいもの。しかし今回のプロジェクトは、新しい工法、新しい材料、新しい進め方と、これまでの施工管理とはまったく違っていました。」

まさに手探りのスタートだったといいます。

「3Dプリンターは24時間動きつづけるので、気が抜けませんでした。工事現場は危険なことがたくさんあります。工事現場での仕事が初めてのBooleanのみなさんが安全に作業できるように、というのが第一にありました。」

現場では、左官職人の中村さんが、Booleanのみなさんが現場に慣れていくのを引っ張っていってくださったり、万博作業所の方々からも多くの助言をいただくなど、みんなのチームワークが鍵となりました。

危険もたくさんある工事現場。安全管理を徹底して作業を行います。 Photo:Yoshiro Masuda

機械だけでなく、細かな箇所は人の目でのチェックが大切です。Photo:Yoshiro Masuda

機械の調整をしているBooleanのみなさん。提供:竹中工務店

左官職人の中村さんは、何でもできるスーパー職人なのだそうです。提供:竹中工務店

耐久性や強度が十分かを調べる水平載荷試験でチェーンを回す鳶職人さん。提供:竹中工務店

入口の仕上げについて「森になる建築」を設計した大石さんと一緒に話しているところ。提供:竹中工務店

「トップダウンで現場を動かすのが当たり前の組織もある中で、今回は大事な判断を現場にいる自分に任せてもらい、みんなで相談しながらプロジェクトを進めることができたのが、現場でのやりがいでした。」と語る那良さん。

生分解性の素材からつくる「森になる建築」。その実現の裏には、設計の想いをかたちにした建設現場のみなさんの力がありました。