「森になる建築」の設計に込められたこだわり

プロジェクト

「森になる建築」 Photo:Yoshiro Masuda

動物の巣のような建築

「森になる建築」は、2020年11月に行われた竹中工務店の社内コンペがきっかけで生まれました。設計部の山崎さんと大石さんは、建築以外の分野のいろいろな本からコンセプトやデザインのインスピレーションを得ましたが、2人とも偶然、動物の巣の写真集を持っていたことがひとつのヒントになりました。

「動物の巣は役割を終えたあと土に還ります。僕たちが建築で実現したいことは、すでに自然の中で行われていることだと思いました。」と山崎さん。

「種のような、巣のような、曲線を帯びたまるい形にして、森の中に溶け込むようなデザインを思い描きました。それは、万博のテーマである『いのち・共感』ともつながっていると思います。」と大石さんは言います。

上部がすぼまったデザインは、できるだけやわらかく見せるために、3Dプリントの角度を変える実験を何度も重ねて仕上げたそうです。

自然を感じる空間の設え

3Dプリントが完了した現地に折りたたみの椅子を持って行って、みんなで実際に並べて座ってみて実験を行いました。その結果、今のようにみんなで団らんできる形へとたどり着いたそうです。

座ったときにみんなで囲む中央の空間には、「森がはじまる場所」を象徴するように、「森になる建築」がかえる森※1から集められた古木、落ち葉や苔などから実生※2が芽吹いている様子が表現されています。上部に空いた穴からは、空や風にゆれる木々が見え、雨の日にはそこから雨が降り注ぎます。また、建築そのものも透過性のある酢酸セルロース樹脂でつくられているため、光を透過し建築の中にいながら周辺の風に揺れる木々など自然を感じられるユニークな空間になっています。

※1 森になる建築がかえる森:兵庫県川西市の竹中研修所にある「清和台の森」のこと。/※2 実生(みしょう):種子から発芽して育った植物のこと。自然の中で自ら芽吹き、成長する個体を指します。

森がはじまる場所をイメージした中央の坪庭。 Photo:Yoshiro Masuda

「森になる建築」の夜の様子。構造材に透過性があるため、灯りが透け、建築全体が照明のようになっています。外装材の紙は1枚1枚手づくりなので、紙によって厚みが違っているのがわかります。 Photo:Yoshiro Masuda

「森になる建築」は、2つの棟から成り、それぞれ異なる空間になっています。向かって左側の棟は、広々とした入口と、少し座面が高く奥行きの狭いベンチが特徴です。ダイニングチェアのような使い心地で、開放感のある空間になっています。

一方、向かって右側の棟は、茶室の躙口(にじりぐち)※3をイメージして、入口を低く設計。ベンチはソファのように座面が低く、奥行きが広くなっています。上部のくびれが強く、少し空間が小さくなるので、より“こもり感”のある落ち着いた空間です。

※3 躙口(にじりぐち):茶室に設けられた、客が身をかがめて出入りする小さな入口。武士も刀を外して入る必要があり、身分や立場を問わず一同に茶を楽しむという茶道の精神を象徴する構造です。

向かって右側の棟は入り口が少し低いので、屈んで入ります。人の大きさで比べて見ると左右のちがいがわかります。 Photo:Yoshiro Masuda

「雨よけの窓や空調はあえて入れず、自然にかえるというコンセプトを大事にしました。上部の丸い穴から周りの高木の落ち葉がひらひらと舞い落ちてくるなど、私たち自身もはっとするような風景が生まれるんです。」

空調を使わなくても、暑い夏に涼しさを感じられる工夫も施されています。地中にパイプを通し、土の中で温度が下がった空気をベンチの下から取り込む設計に。また、夏はベンチの下に氷を入れて冷やした空気を室内に送り涼しさを保つ仕組みになっています。使用する氷も、氷屋さんで氷を成形する際に出る切れ端・氷の廃材が活用されます。

ベンチからひんやりとした空気が流れてきます。 Photo:Yoshiro Masuda

サインに使われている木材にも、兵庫県にある六甲山の間伐材や古材を活用するなど、「森になる建築」では、使用する素材ひとつひとつに丁寧な選定がなされています。訪れた際には、心地よい空間の中で、自然の循環にもぜひ思いを馳せてみてください。

六甲山の木を使った「森になる建築」の看板 Photo:Yoshiro Masuda

「森になる建築」を設計した、竹中工務店設計部の大石さん(左)、山崎さん(中央)、濱田さん(右) 提供:竹中工務店